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Focus

第20回 2009年2月27日

次世代マーケティングプラットフォーム

 デジタル情報革命といわれるくらいだから、現在進行形の一連のデジタル技術の革新は、広告、メディアといった情報を扱う業界を当然のことながら激変させることになる。「メディア、広告の崩壊」といった負の側面ばかりが取り上げられることが増えてきたが、もはや「崩壊」に向けた時限爆弾が秒読みを始める中で、右往左往しても意味がない。それより「崩壊後」の究極の姿をイメージし、それを現実の事業としてどう落とし込むのかというシミュレーションの方が、この段階においてはより意義のあることだと考えている。

 ではメディア、広告の究極の姿はどのようなものになるのか。それを見極めるためには、広告主であるところの一般事業会社の今後の変化を見極める必要がある。

 わたしはデジタル情報革命の本質の1つは、20世紀後半のマス文化の中で失われた「きめ細かな顧客対応」をテクノロジーを使って取り戻すこと」だと考えている。

 漫画サザエさんに登場する酒屋「三河屋さん」を例にとって、この失われた「顧客対応」を考えてみよう。

 三河屋さんは、サザエさん宅の家族構成、一人一人の趣味趣向から健康状態、台所にお酒がどれくらい残っているかまで把握して、適切な商品を適切なタイミングで届ける。一方サザエさんは、三河屋さんが適正価格で適切な商品を届けてくれるのを知っていて、三河屋さんに全幅の信頼を置いている。なので、近くのスーパーが派手な宣伝をしても、サザエさんにはまったく効果がない。こうした顧客対応を、テクノロジーを使って再び可能にしようというのが、デジタル情報革命の1つの方向性だと思う。

 三河屋さんはまた、自分自身の業務のどこまでが広告で、どこまでが販売で、どこまでがマーケティングであるかなど区別しない。つまり「広告」部分だけを切り取って、未来を読み取ろうとしても無理がある。広告の究極の未来とは、広告、販売、マーケティングが1つになったものになるのではなかろうか。

 さてデジタルな三河屋さん的顧客対応の実現に向けて、われわれのウェブは今、どの辺りを進んでいるのだろう。  グーグルで検索すると、検索キーワードに関連した広告が表示される。検索連動型広告と呼ばれるタイプの広告だ。検索連動型広告をサザエさんと三河屋さんの関係に例えると、サザエさんが「お醤油で、何かいいのない」と電話して聞くと、「○○醤油なんてどうですか」と三河屋さんがセールスをかけてくるようなものだ。

 この検索連動広告を完成させたことで、グーグルは世界一のネット企業、広告会社になった。  しかし、三河屋さん的顧客対応の観点から見ると、電話をもらって初めてセールスをかける、というのではあまりにもお粗末である。最低ラインの顧客対応である。

 つまり現状のウェブは、マーケティングツールとしてまだこの程度しか実現できていないのである。逆にいえば、発展の余地はまだまだあり、グーグルを超えるビジネスチャンスもまだまだあるということである。

 ほかにどのような顧客対応が考えられるだろう。例えば、サザエさん宅のお醤油の残量を大枠で把握していて、御用聞きの際に醤油を持参して行く、という顧客対応。これはCRM(顧客関係管理)というツールと、メールマーケティングソフトを連携させることで実現可能だ。顧客の商品購入パターンをCRMで把握していて、消耗品が切れるころに自動的に「ご用聞き」メールを配信するよう設定できるわけだ。

 ほかには、波平さんが高血圧であることを知ると減塩醤油を勧めるというような顧客対応も、行動ターゲティング、ウェブ解析、購買履歴などありとあらゆるデータを入手することで、きめ細かなマーケティングに役立てるという手法と同じようなことだ。

 検索連動型広告を除く、こうした各種マーケティングの仕組みはまだまだ発展途上なのだが、特筆すべきは、こうした仕組みを実現するために、ツールやデータを持った複数のプレーヤーが連携し始めた、ということだ。CRMツールのメーカーとメールマーケティングツールのメーカー、広告配信ツールのメーカーとウェブ解析ツールのメーカー、という具合に相互に協力し合って、それぞれのツールが連携プレーできるような仕組みが確立し始めているのだ。

 異なるメーカーのツールを自由に組み合わせることによって、三河屋さん的顧客対応を実現する枠組み。これをわたしは「次世代マーケティングプラットフォーム」と呼ぶことにした。次世代マーケティングプラットフォームは、PC向けウェブの領域で、Doubleclickや、Salesforce.com、Omnitureなどといった欧米のツールメーカーの間で、急速に確立しつつある。

【図】次世代マーケティングプラットフォーム

 欧米のツールメーカーは、なぜこうした協力体制に入ったのか。

 それはパソコン向けウェブ上でのオンラインマーケティングの市場自体が急拡大していることもあるが、パソコン向けウェブ上で完成した技術は、モバイル機器や店頭のディスプレー装置などを通じて、リアルの社会に飛び出して行くことが予測されるからだ。

 紙ベースの媒体のほとんどがディスプレーベースのデジタル媒体に移行するのは時間の問題である。そして街中のデジタル媒体は、NGNのような高度なネットワークを通じて相互に連携し始めるのである。パソコン向けウェブという狭い領域で競い合わなくても、パイ自体が今後も急拡大することが十分に見込まれる。小競り合いをするより、協力できる部分を協力し合うことで、パイ自体の拡大を加速させることのほうが自分たちにとって最もメリットが大きいことを、欧米のプレーヤーたちは自覚し始めたのだ。

 さてこのように広告の究極の未来が次世代マーケティングプラットフォームにあるとして、それではそうした変化の中で、従来型の広告会社やメディア企業はどう変化していくのだろうか。

 一般事業会社は、自分たちのウェブサイトがメディアになることに気づき始めた。そして自社メディア上で入手したデータを、次世代マーケティングプラットフォームに組み込んで、三河屋さん的顧客対応を実践していくことになる。

 企業サイトのメディア化は今後急速に進展するだろう。メディア企業は、こうした企業メディアに対してコンテンツを提供したり、企業メディアを委託運営する立場になることが予測される。1社ではメディアを運営できない企業のために、中立的なメディアを立ち上げるケースも出てくるだろう。

 この場合のメディアは、コミュニティになる。コミュニティこそが、マーケティングプラットフォームに必要なデータの宝庫だからだ。  「広告」から「販売」まで1つの配線でつながっていた時代から、「PC」「モバイル」「街頭メディア」「ウェブ解析」「広告配信」「企業メディア」などが、NGNなどのネットワークを通じて複雑な配線で交わり合う時代へ。経済の大掛かりな配線組み換えが始まっているのである。

湯川 鶴章(時事通信 編集委員)

 

湯川 鶴章(ゆかわ つるあき)
米国放浪中に新聞少年のような仕事につき、気がつけば報道の世界に入っていた変り種。シリコンバレーの黎明期からIT産業を中心に取材をし、2000年5月に帰国。現在、時事通信社編集委員。さらにブロガーであり、ポッドキャスター。性格は極めて優柔不断だが、結構まじめ。謙虚だが思い上がるところもある。

主な著書に「次世代マーケティングプラットフォーム」(ソフトバンク・クリエイティブ)、「爆発するソーシャルメディア」(ソフトバンク新書)、「ウェブを進化させる人たち」(翔泳社)、「ブログがジャーナリズムを変える」(NTT出版)、共著に「ネットは新聞を殺すのか」(NTT出版)、「次世代広告テクノロジー」(ソフトバンク・クリエイティブ)などがある。
ブログ:湯川鶴章のIT潮流